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MAGAZINE

ナオヤ・タカクワの日記         2020.05.08-05.14



5月8日(金)

日記を書くのをサボった。(文章の不在により、その存在の大きさを高めるものとして今日の日記は機能している。何も不在=無意味ではないのだ。そのことはジョン・ケージが自身が無音室に入った経験をもとにして作曲した「4分33秒」が証明している。そして4分33秒という時間は一般的なポップソングの一曲の時間そのものだということが我々に有音、無音の差を感じさせる。それにより不在の大きさ、また音そのものの力や存在を何倍にも意識させるのだ。)


5月9日(土)

昨晩、友人とテレビ電話をしながらビールとウイスキー・コークを飲んだ。タランティーノの映画の話をしたりした。『レザボア・ドッグス』をまた観てみる気になった。色の名前のついた男たちが話をしている映画だ。シチュエーション・コメディのようでいい。

早朝に喘ぎながら目を覚ました。鼻がこれまでにないほど詰まっていて、呼吸ができなかったのだ。死んでしまう、と思いながら鼻の穴に噴霧するタイプの鼻炎薬を左右3プッシュずつ差し、錠剤を飲んでから布団に潜り込んだ。夢の中では僕は自宅で仕事をしていた。

あくせく働いたが、クライアントを電話で怒らせてしまったようだった。そのうちに上司から電話がきた。彼は僕が勝手に自宅で仕事をしていたことについて責めたてていた。僕はなぜわざわざ家で仕事をしようと思ったのかわからない。ただ、休みの日に仕事をしていないということに焦りを感じていたようだった。僕は色々と後悔したが、まあ大丈夫だろうと思うことにした。たっぷり眠れば大抵の物事は解決するからだ。

目が覚めると、休日ではなかったため出勤した。仕事中にエラーが度々起こり、それは僕を憔悴させた。

帰りの電車に乗ると、人の数はまばらだった。彼らは二種類に分けることができた。お洒落着を着た若者たちと、行き場を失ったような顔をした中年以降の者たちだ。

目の前に若い男が座っていた。多分アパレルか何かの仕事をしているのだろう。平服でずっと仕事の電話のような内容を話していたが、電話が終わるとまた別の電話がかかってきて丁寧な口調で話していた。男の足は常に小刻みに揺すられており、何かに急き立てられている印象を受けた。その小刻みの揺れにより、彼のプライドのようなものや存在そのものの壊れやすさを守ろうとしているようだった。脳の裏がわにその不規則なビートが染み付いた。

その男が車内から出ていくと、老いた男が乗ってきた。キャップを頭に乗せており、背中のリュックからはアスパラガスの先端が飛び出していた。カジュアルで少し汚れた服を着たその男はつり革に2本の腕で捕まり、体を浮かせていた。次の駅に停車すると反対側の窓を向き、また同じようにつり革に捕まり浮いていた。彼の目は、何らかの使命を全うしようとしているかのように自身に満ちた赤い色をしていた。

なんだかいらいらしてきたみたいだ。不規則な貧乏ゆすりのビートの中で擬似ポールダンスを踊る老人。それはクールすぎるからだ。嫉妬に違いない。

次の駅が僕が降りる駅だった。老人も一緒におりてきた。彼が僕の家とは反対方向に向かうのを見送りながら、妙な名残り惜しさを感じた。


5月10日(日)

自宅に先人の置いていった写真や絵葉書や服や本などがあったので捨てた。それらには僕の知らない“記憶”のようなものが染み付いていていて捨てるのを躊躇させた。ある写真で彼は火を噴き、ある絵の中では笑顔を人々に見せていた。その男は大道芸人をやっていたためだ。

“芸”と“芸術”の違いについて随分考えたことがある。何かを芸と芸術に仕分けをするのは簡単だった。パントマイムは芸。ジミ・ヘンドリクスは芸術。マグロの解体ショーは芸。一流店のフランス料理は芸術。似顔絵師は芸。パブロ・ピカソは芸術。しかしながら自分のやっていることは芸だか芸術だかはまるでわからない。おそらくそのどちらでもないのだろう。そして芸にしても芸術にしても本質的な違いはないのだ。

夢の中で子供ができた。とても可愛い赤ん坊だった。僕にそっくりだった。10秒後には成長して二十歳ぐらいになっていた。彼はとても醜くかった。目が覚めて鏡を見ると同じ見た目の男が映っていた。彼に挨拶をして、顔を洗い、髭を剃り、煙草を一本吸うとまた一日が始まった。こちら側とあちら側での生活の繰り返しであり、それは我々の論理を超えた形でつながっている。子供の頃に赤いブロックの上だけを踏むようにして、ひょいひょいとジャンプしながら歩く遊びをしていた。一本のラインの右と左に赤いブロックが交互に置かれていて、ラインをジャンプしてもう一つの石に飛び移ることを繰り返しているのだ。ラインを飛び越えることでしか前に進むことはできない。ブロックを踏み外さないように注意深くなることだ。そして自分がラインのどちら側にいるのかを把握しておくことだ。


5月11日(月)

久しぶりに酔っ払った。ビールを一杯と、焼酎のソーダ割りを何杯か飲んだのだ。何杯飲んだのかは覚えていない。それらは少し、僕の胃の中で発酵していて、さらにアルコール度数を高めていくようだった。胃液とアルコールとソーダの混合液が体の内部で混ざり合うのを感じた。それは夜の話だ。

昼の話。ニコラに行った。僕は少し遅めのランチ、というには更に遅すぎる時間にニコラに昼飯を食べに行った。バリー・ユアグローの短編に包まれたサンドイッチを食べるためだ。失敗した。ユアグローの文章を見ながら食べたため、サンドイッチに林檎が入っていたことすら見落としていたのだ。帰り際にそれを聞いた。しかしユアグローの文章を読みながら食べるサンドイッチは、たとえ具材のことを知っていなかったとしても素晴らしかった。

ここまでの文章を約2秒で書いた。嘘だと思われるかもしれないが、僕の指は24本あるため、それが可能なのだ。通常のキーボード2つ分の面積を僕の指は自由気ままに動き回ることができる。妻はスマートフォンで何かを見ながら、早いね、と言った。本当は「早いね」で済まされる早さではないのだが、彼女は僕のそばにいることに慣れきっているため、「早いね」に全ては集約された。言語化されたものが全てであるので、僕も毎日こうして1日1日を言語化している。

惑星逆行により電波が乱れているらしい。ドコモもケー・ディー・ディー・アイもソフトバンクも惑星が逆行することには抗えないのだ。重力が強くなったり、弱くなったりするのだろう。僕は少し今日は地面から浮いていた。超能力やら神通力やらを用いる必要はない。体を重力に任せていれば、浮くのだ。


5月12日(火)

こんばんは。今日はどうも疲れている。残業は程よく僕を苦しめる。

ありがとう。どうぞ。

何がきついのかっていうとだな。帰りの坂道を10分も登ることだ。10分もあればカップラーメンが3個半作れる。というのは実はうそで、カップに10個分お湯を注いで待てば、3分で10個のカップラーメンが出来上がる。そもそも、実は、カップラーメンにお湯を注ぐ必要すらない。バリバリと食べればいいのだ。

ありがとう。どうぞ。

ガブリエル・フォーレを朝、スピーカーから流した。素晴らしかった。妻もすごくいいと言ってくれた。それを聴きながら弁当を作った。玄米を詰めて、冷凍の料理をいくつか解凍して詰めると、出来上がった。蓮根のはさみ揚げ、春巻き、白身魚のフライ。いつも玄米の上に昆布を乗せるが、今日は切らしていたため塩を振っておいた。随分貧相な弁当だった。ランチの時間になると、弁当の中身を誰にも悟られないように急いで食べた。誰も気づいていないようだった。

ありがとう。どうぞ。

リボ払いが随分溜まっていた。いくら計算しても払い終えることは不可能に思えたので、酒を飲むことにした。1杯、2杯、3杯……。

突然暗闇の中でスペードのエースが見えたので、それを掴んで叫んだ。「ウノ!」と。

どうやらゲームを間違えたようだ。

ありがとう。どうぞ。


5月13日(水)

エリック・サティの家具の音楽を聴きながら、家具の通信販売サイトを眺める。家具たちは少し居心地が悪そうに並んでいる。コンピュータの画面では実際より小さく表示されるし、そこが本来の居場所でないことをわかっているからだ。おれたちの居場所はここじゃない!と言われてしまった。僕は小さなラップトップ・コンピュータを閉じることにした。とはいえ、僕の部屋の家具たちもいつも小さく叫んでいる。おれたちの居場所はここじゃない!と。彼らの思いは理解できる。僕の居場所だってここじゃないからだ。

久しぶりにギターを触ってみて、Gセブンコードを意識しながら二つほどのスケールを弾いてみるといい響きができた。二つの違う世界を行き来することで、それぞれのスケールの持つ特性を弱め、ニュートラルな状態へ持っていくことができる気がしている。シェーンベルクの発明した十二音技法では、どの曲も無機質で同じ響きを持つように。ということだろう多分。音楽に対する理解が足りなすぎるのが問題だ。『音楽入門』という本を読んでいる。恥ずかしながら、音楽という世界に入門すらできていないのだ。

妻とウイスキー・ソーダを飲んだが酔いすぎた。そのあとたくさんのゴミを抱えて捨てに行った。夜風が気持ちよかった。もう寒さに煩わされる季節ではなくなった。汗をかくのは心地よいことだ。たっぷりと汗の染み込んだ服を洗濯するのは気持ちのよいことだ。蝉の声とコオロギの声が混ざって、通りの車の音やくだらない話し声をかき消してくれる。アイスコーヒーがのどを通りすぎると、食道と胃の表面の血管が引き締まるのを感じる。ふう。僕の一番好きな季節は夏なのだ。


5月14日(木)

コロナ・ウイルスは少なくとも第一波としては収束しつつあるように見える。僕はその日の感染者数を追うのをやめてしまったし、緊急事態宣言は一週間後を目処に多くの県で解除されようとしている。コロナ禍において不安の積もっていた僕は何より早く、この状況が終わることを望んでいた。しかし、それが解除されそうとしている現在僕は別の不安に襲われている。“通常の生活”へと戻っていく不安である。

戦争下で人々は苛烈な体験をしてくる。彼らは戦争下の生活の中で、それまでの日常であった感覚を麻痺させてしまう。カメレオン的な態度で。それらが終わった後、日常に対して価値を感じなくなることがある。カメレオンたちは緑色から茶色に体色を変えたあと、また緑色に戻そうとして茶色の部分が残ってしまうのだ。

それは夏休みが終わった後の感覚に似ているし、旅行から帰ってきたあとにも似ている。僕が言っているのはコロナ禍が楽しいということではなく、また同時にコロナ禍が楽しいということでもある。それは精神的な反応に過ぎない。つまり楽しいことが終わったあとの感覚と、苛烈な経験が終わったあとの感覚はある種似ているということだ。

僕はそれを“移動”という尺度で考えることができると思う。

普段の生活から剥離した生活をするということは、一種の精神的移動である。僕らが足を使って移動できるのは空間である。それに対して、精神状態の移動は真ん中から上か、下か、どちらかに動いて戻ってくることの繰り返しだ。それは心拍数を測る機器や嘘発見器の針が表すグラフに似ている。我々は上に行って、下に行って戻ってくる。その移動が大きくなると興奮状態になり、小さくなると平穏な状態になる。

この数週間、僕は上へ、下へと大きな振れ幅で移動を続けてきた。スクワットをするようにして。膝を大きく曲げてしゃがみ、立ち上がる時には少しジャンプさえしてみせる。ある瞬間それがピタリと停まる。両手を頭の後ろに当てたまま呆然と立ち尽くしている自分を想像してしまう。僕は自分の心臓が鼓動をやめてしまうのが少し怖いのだ。


続く

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執筆者:Naoya Takakuwa / ナオヤ・タカクワ

1992年生まれ、石川県出身。東京を拠点に活動するミュージシャン、作曲家。前身バンド、 Batman Winksとしての活動を経て、2017年、 ソロ名義での活動を開始。2018年にアルバムLP『Prologue』をde.ta.ri.o.ra.tionより発表。現在は即興演奏を中心に活動中。2019年には葛飾北斎からインスパイアされた即興ジャズ7曲入りCDーR『印象 / Impression』付きの書籍『バナナ・コーストで何が釣れるか』がDeterio Liberより刊行された。

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