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ナオヤ・タカクワの日記         2020.07.17-07.23



7月17日(金)

フロイトの『幻想の未来/文化への不満』を読み終えた。次は何読もうか。


7月18日(土)

明日は休みだなあと思いながら帰宅しようとしていたら、ホーム・パーティの誘いが来て、憂鬱と興奮が両方襲ってきた。その部屋は用賀にあって、以前4年間用賀に住んでいた身としてノスタルジーが徐々に身体全体に回り始める。僕はビールやら氷やら煙草やらをリクエスト通り購入した。店員は50円割引券をくれた。僕の手には50円割引券が4枚ほど握られていた。友人に50円割引券をあげた。彼はそれを大事そうにポケットにしまい込んでいた。

僕らは4人でテーブルを囲んでいた。僕以外の3人は既に酔っ払っていて、トイレに吐きに行ったり、ベッドに寝に行ったりしていた。自分だけ酔っていないという状況は、逆説的に自分だけ酔っているような錯覚を起こさせるものだ。僕は比較的強い目眩と共に便器に少し吐こうとしたが、それは無理なことだ。そもそもまだ一滴も飲んでいないのだ。それでも酔っ払っている振りをすることで、多少は彼らに馴染んだ。

夜中の1時に部屋の中に迷い込んでしまったカメムシの気持ちが、なんとなくわかるような気がした。僕は電球の明かりと暖かい空気に誘われて、ドアの隙間からある密室の中に入り込んでしまう。数秒後、僕はそれが間違いだったような気がしてくる。それでもやはり暖かいし、明るい。夜が昼になった高揚感であちこち飛び回る。ソースのこぼし跡に張りついて舐めてみる。腹も満たされたし、飽きてくる。もっと明るいところに行こうと思う。電球めがけて飛んで、天井にぶつかる。それを何度か繰り返した後、僕はなぜこれほどの高揚感を感じているのか不思議になる。だって別に昼間は太陽めがけて飛んだりはしないのだ。

それでもやっぱり夜の太陽はとても魅力的なのだ。


7月19日(日)

久しぶりに楽器屋へ行った。心が安らぐ感じがする。何か、懐かしい匂いを嗅いだような感覚。リコーダーとか子供用の鉄琴が並んでいるところを見るのが好きだ。僕が10代になる前に使っていたリコーダーも鍵盤ハーモニカも、口の部分が歯型でボロボロになっていた(なぜ我々は吹き口を噛んでしまうのか。そもそも噛むべき部分なのか、噛まずに咥えるべきなのかよくわからない。本来はどっちなのだろう)そのざらついた表面を舐める。ざわつくような感覚。

フェンダーのギターを試奏したりしてみた。店員はギターに慣れていないようだった。エフェクターを繋ごうとしてケーブルの長さが足りなかったり、L字のプラグが引っ掛かってアンプのインプットに入らなかったりした。なんだか段々と申し訳ないような気持ちになって、僕の顔からは苦笑いすら消え失せてしまった。

とにかくエフェクターを一個買った。これは次のライブで使うため。ライブが今度あるのだ。


7月20日(月)

5年ぶりに美容院へ行った。5年間髪を切っていなかったわけではなく、自分で切っていたのだ。とにかく5年ぶりの美容院だったし、そこへ向かう道中は緊張してしまい踵が震えていた。僕は小心者なのだ。

少し美容院は苦手だった。それは何か、性的な感じがするからだ。自分の髪の毛や頭皮を赤の他人に、少し優しめの手つきで触られていてもたってもいられない状態になる。それは一種の強迫性の神経症みたいなものかもしれない。頭を撫でるというのは褒める時のジェスチュア。僕は褒められるのも苦手だったし、自分が褒められると穴か何かに入ってしまいたい気分になった。何か自分が恥ずかしいことをしでかしたような感じ。普段は表皮に守られている自尊心とか、承認欲求とかの核部分がその皮を突き破って外側に出てしまっている感覚だ。僕は自分のそれらをきっと内側にしまい込んだままにしておいて、自分で満足させるだけで十分だったのだろう。その敏感で弱い部分に他人の手で触られることは不快だった。

うん、今はもう大丈夫だ。美容院に行って、気持ちよくなって帰ってきた。


7月21日(火)

うむ、この日は配信ライブの前日だったから一人で練習スタジオに入ったと思う。徒歩20分ほどのところにある店だ。徒歩20分は割と長い。その間に音楽を聴いてイメージを固める。何を聴いてたかって? マイルス・デイヴィス。確かマイルストーンズ。

スタジオに着くと、なぜか五歳ぐらいの子供が走り回っていた。ママを探しているようだった。ママはどこに行ってしまったのだろう。コーラを買ってやろうかと思ったが、自分用のコーラを買うにとどめた。物欲しそうにこちらを見ているのを視界の脇で確認し、優越感たっぷりに大股で歩いてやった。

自分の予約した部屋に入ってみるととても広い部屋だ。個人練習で予約をとると空いている部屋が自動的にあてがわれる。広い部屋は高価であるため、利用数が少ないのだ。僕は少し得した気分になりながらも、結局は部屋のほとんど隅っこの部分しか使わなかった。

帰りの時間に部屋を出ると、赤ちゃんを抱えた母親がいた。このスタジオには子連れが多いらしい。彼女の脇をギターケースを抱えて、申し訳なさげに縮こまって通り抜けた。


7月22日(水)

ライブの予定があったので職場にギターを持ち込んだ。同僚は「ワイルドだねえ」とかなんとか言った。僕は「ワイルドだろう?」とは返さなかった。

ライブは最高だった。久しぶりのライブハウスには(無観客とはいえ)興奮させられた。スタッフと出演者たちは棒のように立ったり、音楽に乗ったりしていた。僕はビールを頼み、棒のように立ったり、音楽に乗ったりした。スピーカーから流れる、大きな音はなかなか良かった。

僕はライブハウスで小さな音を出そうと尽力してきた。その結果、グループからドラムスを省き、小さな音のパーカッションを取り入れた。ギターの音もドライヴさせないようにした。存在を小さく見せるために、立って演奏するのではなく、座って演奏することを選んだ。しかしそれらは、音の大きい他のバンドがいるからこそ成り立つものだ。音量格差を利用して小さな音に見せかけているのである。

音は他の音との比較があって初めて意味を持つ。例えば“ド”の音は“ド”以外の音が存在しない世界においては“ド”の役割を持たない。同じく、小さな音は大きな音のない世界においては小さな音という概念を持たない。全て、比較対象があって成り立っているのだ。


7月23日(木)

昼休みに本屋へ行って、村上春樹の短編集を買う。それを家に持ち帰って読む。ほとんど、雑誌で以前読んだのだった。それでも良かった。

アルコールの回った状態で本を読むことは宇宙の図書館で本を読むことだ。以前宇宙でフロイトを読んだ時にぶっ飛んでしまった。無重力は文字さえも軽くする。それで脳内を通り抜けてしまうこともあれば、ダイレクトに脳の真髄部分に響くこともある。


前回までの日記


執筆者:Naoya Takakuwa / ナオヤ・タカクワ

1992年生まれ、石川県出身。東京を拠点に活動するミュージシャン、作曲家。前身バンド、 Batman Winksとしての活動を経て、2017年、 ソロ名義での活動を開始。2018年にアルバムLP『Prologue』をde.ta.ri.o.ra.tionより発表。現在は即興演奏を中心に活動中。2019年には葛飾北斎からインスパイアされた即興ジャズ7曲入りCDーR『印象 / Impression』付きの書籍『バナナ・コーストで何が釣れるか』がDeterio Liberより刊行された。

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