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音楽家ナオヤ・タカクワによる日常の批評的分析〜第二回



「ポケットの中には常にヴァイブを突っ込んでおく、そうすることで安らぎが得られるんだ」


ベッドに潜り込み、眠りかけたところで不気味で心地よい振動音が部屋に鳴り響く。その音ですっかり目を覚ました僕は、妻のことを起こす。

「おい、何か鳴ってるみたいだよ」
「私のじゃなくてあなたのじゃない?」
「いや、あのヴァイブレーションは君のだよ」

妻は彼女のスマートフォンを手に取り、誰からの知らせなのか確認する。それは友人からの暇つぶしの一言であったり、アパレル会社の宣伝文句だったりする。その後は画面を見て一旦は無視しておくことに決めるか、もしくは連綿と続くように思える暇つぶしの会話に付き合うかだ。いつだって突然の訪問者が我々の生活や気分をコントロールしようとしてくる。時には気が狂いそうになるし、時にはそれが救いだったりもする。そして彼ら――訪問者たちはドアをノックするでもなく、ベルを鳴らすでもなく、細かく振動することによって自分たちの存在を知らせる。その振動パターンはいくつかあるし、振動の間隔によって(モールス信号に似たやり方で)電話なのかメッセージなのかを伝える。それは場合によってはSNSの「いいね」通知だったりもする。我々は常にこのようなグッド・ヴァイブスとバッド・ヴァイブスに囲まれて暮らしている。

トイレの中でも、料理中でも、映画のいいシーンを見ている時だって、ヴァイブスを気にかけずにはいられない。振動による通知を気にかけすぎることによって起こるファントム・ヴァイブレーション・シンドロームは現代病として一般的である。ポケットの中に常に忍ばせている携帯電話が、「あれ、今震えたよね? でも何も来てないよ」といった架空の振動を作り出すに至っているのだ。それは、幻覚、幻聴に並ぶ錯覚症状であるが、ことの重大さには多くの人は気づいていない。また、ヴァイブスの不在により起こされる抑うつ症状や、もっと危険なのが大量の通知によって起こされるドーパミン垂れ流し状態である。

ヴァイブスはもはや我々の家族であり、振動のない世界では人々は不安に陥る。家族が何かひどい目にあっているのではないか。誘拐されたのかもしれないし、道に迷っているのかもしれない。振動過多も深刻であり、大量の振動を享受することで人々は愛情の飽和に包まれ、それを失うことの恐怖に蝕まれる。いずれにしても共通しているのは、家族の存在はここでは何者によっても担保されていないことだ。その中でも特に、インフルエンサーと呼ばれる人々――インフルエンザと似た語感を持つこの人種の人たちは、極度の中毒症状に悩まされることになる。彼らは大量のフォロワーを持つことにより、コンテンツの更新が義務化し、さらなる中毒症状を生む。それらの悪循環によって、日に日にコンテンツ量、フォロワーが共に増大していく様はインフルエンザそのもののようだ。

我々はいまや「振動=ヴァイブレーション」に心も体も支配しつくされている。

電動のヴァイブレーションが作り出された歴史は、19世紀末のイギリスにまで遡る。当時のイギリスでは女性のヒステリー症状が席巻していて、医師たちはその治療に追われていた。そこで編み出された新しい治療法が「マッサージ治療」であり、医師の手で女性器を愛撫することによって、精神的不安を解消に導くというものだった。医師ジョセフ・モーティマー・グランヴィルは、日々の治療であまりにも手指を酷使しすぎてしまったことで、腱鞘炎に悩まされることになる。そこで考え出されたのが「電動マッサージ器」であり、機械的に作られた振動が人間の身体と精神に与える好影響=グッド・ヴァイブスが発見されたのだ。

その後、ヴァイブレーション界隈は偉大な躍進を遂げていくことになる。NASAはヴァイブレーションの持つ治癒機能に目をつけた。それは性器をマッサージする役目だけでなく、細かく振動するプレートの上に人が立つことによって様々な治療効果が得られることがわかったのだ。宇宙飛行士は骨粗鬆症防止のために、このプレートの上に数分間立たされることになる。またADHD患者たちにも好影響を及ぼすことがわかった。現在ではパワープレートインターナショナルによって民間向けの振動プレートが販売されているので、我々は簡単にそれを手に入れることができる。税抜き価格121万円にて誰でも購入可能だ。

これらの業績から、スピリチュアル界や音楽界もヴァイブレーションに注目し始める。「ヴァイブレーション」という単語が初めて文学的に用いられたのは1893年に出版されたフランク・アール・オームスビーによる著書「The Law and the Prophets」の中だ。ここで生まれた感情表現としての「グッド・ヴァイブレーション」という単語に、のちにブライアン・ウィルソンが注目した。1966年に発表されたシングル曲「グッド・ヴァイブレーション」のサビ部分では「グーッ、グーッ、グッ、グッド・ヴァイブレーション」と執拗に繰り返す美しいハーモニーが確認できる。恍惚とした曲調も相まって当時のヒッピー・ムーヴメント界への「ヴァイブレーション」の浸透を後押しした。ヒッピー界隈では現実世界のヴァイブレーションだけでは満足できない者たちが続出し、ドラッグを利用して架空の、より刺激の強いヴァイブレーションを得ようとするようになる。ドラッグでハイになったときには、地球そのものからの振動を受け取っているような錯覚に襲われ、振動を通じて世界と一体になったような快感が得られるのだ。地球のビッグ・ヴァイブスといえば勿論、地震なのだが、地震がバッド・ヴァイブスなのに対し、薬物によって得られるのは、純粋なグッド・ヴァイブスであった。ヒッピー・ムーヴメントの影響を受けたスティーヴ・ジョブズがアイフォーンにヴァイブレーション機能を与えたのも偶然ではない(しかもアイフォーンの持つヴァイブレーションはアンドロイドのそれに比べて格段に官能的だ)。こうしてヴァイブレーションはイギリスの婦人や宇宙飛行士に限らず、アメリカの若者たちを中心に広がりを見せていく。

1939年にはスイスで振動する初めての歯ブラシ「電動歯ブラシ」が発明され、1960年代から販売が開始された。ポケベルや携帯電話の起源と言える「ペイジャー」と呼ばれるサービスが始まっており、1956年には初の小型コミュニケーション・デヴァイスとして「モトローラ」が登場した。1958年に始まった「ベルボーイ」と呼ばれるサービス――先方が電話で交換手に番号を伝えることで、連絡を受けて振動する端末がアメリカ中に広まっていた。最初は医療用として開発されたヴァイブレーション機能は1960年代に向けて一般市民にも大きく広まっていくことになったのだ。現在では一般的になったといっていいであろう「ヴァイブス」というヴァイブレーションを短縮した語句も1960年代に生まれたと言われている。

このようにして我々は、電マ的振動を快楽として享受することを覚えてきた。僕は今日も何度もズボンのポケットの中で小気味よく鳴っている振動を、太ももの近くに感じてきた。それは快楽であり、快楽はまた死でもあるということが、キリスト教的信仰によってよく知られてきたし、罪悪を感じることだってある。通知をチェックすると、一つはクレジットカード会社からの限度額引き上げの勧誘であり、一つは僕の友人と遭遇したことを告げる妻からの連絡であり、一つはアマゾン社からの広告メールであり、一つはパスタの茹で上がり時間を知らせるためのものだった。それらは全て快楽であったし、同時に死でもあった。僕は今日もグッド・ヴァイブスとバッド・ヴァイブスを両方同時にポケットに突っ込み、またあらゆる種類の快楽を受け取ることになるのだ。エロスは生きるための欲望であり、それが全て携帯端末に収束されてしまった今、スマートフォンを手放すことは常に死を意味するのだ。僕たちは常にポケットの中にヴァイブを突っ込んでおく。そうすることで安らぎが得られるから。


前回のコラム


執筆者:Naoya Takakuwa / ナオヤ・タカクワ

1992年生まれ、石川県出身。東京を拠点に活動するミュージシャン、作曲家。前身バンド、 Batman Winksとしての活動を経て、2017年、 ソロ名義での活動を開始。2018年にアルバムLP『Prologue』をde.ta.ri.o.ra.tionより発表。現在は即興演奏を中心に活動中。2019年には葛飾北斎からインスパイアされた即興ジャズ7曲入りCDーR『印象 / Impression』付きの書籍『バナナ・コーストで何が釣れるか』がDeterio Liberより刊行された。

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