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「ジャズを歌うこと」音楽家ナオヤ・タカクワによる日常の批評的分析〜第四回



「ジャズを歌うこと」


ふとしたきっかけから何か思いがけないことが始まってしまうことがある。大抵の物事はそのようにして始まっているのかもしれない。宇宙の誕生だってなにか思いがけないことから始まったようにしか思えない(恣意的に宇宙が作られたとしたなら、その創造主はどうやって生まれたんだ?)どうでもいいような物事が色々起こるけれど、それら全てに意味があるかもしれないし、ないかもしれない。だって、今朝僕が歯磨きをしたことがなんの意味を持っているというのだろう?

それでもともかく、予想だにしなかったことが起こるものだ、人生ってものは。そんなわけで、僕はジャズをステージで歌うことになったし、そのことにだって意味があるかもしれないし、意味がないかもしれない。大半の人にとっては意味のないことだ。この国に住んでいる人間のうち1億何千万人は僕の存在すら知らないのだから。それでも僕がジャズを歌うことが結果として地球の裏側の誰か知らない男に影響を与えるかもしれないのだ。例えば、

1. 僕がジャズを歌うことになる。

2. 過酷な歌の練習により喉に悪性のポリープができる。

3. 信頼できる医者のいるアメリカ合衆国へ向かう。そして二週間の待機を喰らう。

4. ホテルでの待機中に髪の綺麗な女の子と出会う。彼女は裕福な家庭の生まれだった。ポリープが治ったら、ホームパーティに来るように誘ってくれた。

5. ポリープを治し、約束通り彼女の家に向かった。彼女の家の前には色とりどりの高級車が並んでいた。僕はバスを乗り継いでここまで来た。

6. 彼女はもちろん、お酒を勧めた。そこにはなんでもあった。年代物のウイスキー、シャンパン、様々な種類のリキュール、様々な種類の無農薬栽培の柑橘類。僕はそれらを断った。「手術が終わったばかりだからお酒は飲めないんだ」それでもコップに一杯くらいは飲んだ。あてのない夜を過ごした。僕は何処かに辿り着くことができるのだろうか?喉の手術をしたため煙草も辞めていた。そして一日3杯飲んでいたコーヒーも。

7. 僕がいつものんでいたコーヒーの栽培農家はブラジルにあった。僕がコーヒー消費を辞めたおかげで、農家は賃金が激しく減少していった。やがて家賃を支払うことができなくなり、立ち退きを迫られた。立ち退いたあと、アントニオは農家の代わりの仕事を見つけなければならなかった。彼はかねてより興味を持っていた政治への参入を決める。周りの人間は反対したが構わない。何しろ、失うものなんて何もなかったのだ。アントニオは持ち前の人懐っこい性格で、親戚中を回って資金を集めた。しかし、2度の出馬をするも落選。彼は国を変えるには外側からしかできないと悟る。

8. その後、アントニオは齢35にして独自の思想を打ち出す。半共産主義・半資本主義理論だ。半分の共産主義というのは、コーヒーは誰でも無料で手に入れられるべき、そしてコーヒー農家は誰でも必要な分の金銭を手に入れられるという考えに拠る。この理論で一躍有名になった彼は、過激派左翼集団のリーダーとなり、第三次大戦のきっかけとなる「コーヒー豆闘争」を引き起こす。彼は地球の裏側に自身を現在の地位に導いたきっかけとなるアジア人のしがない歌手のことなど知る由はなかった。


……

どんな出来事でも社会の教科書に載るような歴史的出来事のきっかけになっているのだし、その多くを我々は知る由もないのだ。残っているのは結果だけであり、過程のことなど誰もかもが忘れている。そんな集団性の忘れ癖が、人類を覆う巨大な暗黒の液晶に無数に敷き詰められたピクセルの一マスを埋める、一種の色彩なのである。

人類は文字の発明により過去に起こった事象を未来に伝える術を得たが、「忘却する」という概念もそれと同時に現れたのだ。集団として、一つの生物学的な種として、そしてあらゆる文明における一つの民族として、情報を世代をまたいで伝え続けることができるというのが文字の最大の発明だったとすれば、それゆえに「伝えきれない」ことが存在することもまた必然であったのだ。これはドキュメンタリー映画において、「何を映すか」以上に「何を映さないか」がその映画の思想を決定づけるということと似通っている。何か一つのメディアがあったとき、重要なのはそこで掬いきれなかった出来事であり、情報であり、人物であるのだ。そしてまた、我々はそこに何が存在したのかを伺い知ることは、後になってからでは不可能である。我々にとって未知の出来事が無数に存在すると同時に、それらの未知なる物事は今となっては存在していない。ゼロと同じなのだ。

つまり僕もまたゼロに等しい。だけどいろんなゼロがあるから1も存在するのだ。コンピューターの仕組みは0と1の組み合わせで全てが成り立っているが、そこに0が存在しなかったとしたなら、1すら0に等しいのだ。


……

いつどこで(そして誰が?)ジャズを歌うのかは後日改めてお知らせいたします。どうぞよろしく願います。


前回のコラム


執筆者:Naoya Takakuwa / ナオヤ・タカクワ

1992年生まれ、石川県出身。東京を拠点に活動するミュージシャン、作曲家。前身バンド、 Batman Winksとしての活動を経て、2017年、 ソロ名義での活動を開始。2018年にアルバムLP『Prologue』をde.ta.ri.o.ra.tionより発表。現在は即興演奏を中心に活動中。2019年には葛飾北斎からインスパイアされた即興ジャズ7曲入りCDーR『印象 / Impression』付きの書籍『バナナ・コーストで何が釣れるか』がDeterio Liberより刊行された。

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