Now Loading...

de.te.ri.o.ra.tion

MAGAZINE

「二人の仲間と、三人で、四回目のライブ」音楽家ナオヤ・タカクワによる日常の批評的分析〜第十五回



ソプラノ・サックスを買ってから二ヶ月が経ち、なんとか音階を奏でられるようになってきた。どうやってもこの円錐形の楽器からは不安定な音色しか出てこないが、ライブをやることになったのでその楽器をステージに持ち込むことにした。それが二週間前のことだ。緊急事態宣言が発令されている真っ只中であり、緊急事態宣言下でのライブは初めてだった。

メールでライブの出演依頼が届く。渋谷のギャラリーで行われているグループ展示の、クロージング・パーティーに出演してくれないかということだった。そのメールを読んでぼくは二つ返事で出演を決めた。以前にもギャラリーでライブをしたことがあったのでイメージを掴むのは簡単だったからだ。

これで現在のような即興音楽をやるようになってから、配信ライブを含めて四回ステージに上がったが、うち二回がギャラリーでのライブということになる。キャリアの半分がギャラリーで演奏しているというバンドも珍しいだろう。そもそも写真や絵画を展示している場所でライブを行うというのはどれくらい一般的なことなのだろうか。想像するしかないが、たぶんそれほど多くはないだろう。ギャラリーというのとは少し違うが、MoMA美術館でジェネシス・P・オリッジのライブをみたことを思い出す。何かの出版記念のライブらしく、怪しげな分厚い本――百科事典ほどの大きさがあった気がする――が山積みになって売られていた。ギャラリーに似た場所でライブをみたのはそれ一回きりのように思える。きっとギャラリーでのライブはそう多くはないのだ。

ぼくは出演を引き受けてから二人の仲間を誘い、二人とも二つ返事で出演を引き受けてくれた。これでトリオになった。3はいい数字である。三本の棒で三角形を作ることができるし、三時にはおやつを食べられるし、ぼくは三十路だ。そして今は三回めの緊急事態宣言下である。ドラえもんの<のび太くん>の目も眼鏡が外されると、数字の3になった。彼は眼鏡=世間の一般常識としてのフィルターまたは既成概念を外すことで世の中の本当の姿を知ることができる。そして数字の3の目ではほとんど何一つ見ることができない。おそらくは情報過多のため、小学生である彼には処理しきれないイメージがまとめて襲いかかってきたからに違いない。

三人でライブを行った。それほど広くはない会場だったので、できるだけ管を下に向けて響きすぎないようにする。うるさいのは誰でも苦手だからだ。うるさい客。うるさい道路工事。うるさい服装。うるさい子供たち。だけど何かをうるさいと判断する時に、音量だけで計ることはできない。その判断は客観ではなく主観で行われるからだ。だから気分の悪い時は部屋から一歩外に出るだけで、風の音、鳥のさえずり、遠くで車が通っていく音、散歩する親子、何から発せられているのか不明なノイズなどが、フライパンの上で熱く煮えたぎった酢豚のようになって耳の穴へ流れ込んでくる。そしてこれは耳を塞ぐことでは解決しない。

ぼくはうるさいフレーズとうるさくないフレーズを交互に吹いた。うるさいフレーズばかり吹くことも問題だし、うるさくないフレーズばかり吹くことも問題なのだ。音は何か別の音との比較することで初めて意味を持つ。ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドがド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドに聞こえるのは、ドとレの関係性やミとファの関係性を耳がキャッチするからだ。同じことが音程だけでなく音量についても言える。静かな場所では咳払いの音さえノイズになる。だからカフェでは音楽を流す。BGMとしての音楽が流れている場所では、咳払いはそれほど気にならないからだ。

ライブが終わって、誰も耳を塞いでいなかったのを見て満足する。もちろんノイズは耳を塞ぐことで解決しないのだが、人間はうるさい時には耳を塞ぐことをポーズとしてやるからだ。いつもそうだが、ライブをやると自分から何かが剥がれ落ちる。そして目が3になる。耳栓が落ちる。ぼくたちが誰かのために音楽を演奏する目的は、聴く人の眼鏡を外し、耳栓をポロっと落としてやることである。少なくとも、そうできたらいいなと思っている。


前回のコラム


執筆者:Naoya Takakuwa / ナオヤ・タカクワ

1992年生まれ、石川県出身。東京を拠点に活動するミュージシャン、作曲家。前身バンド、 Batman Winksとしての活動を経て、2017年、 ソロ名義での活動を開始。2018年にアルバムLP『Prologue』をde.ta.ri.o.ra.tionより発表。現在は即興演奏を中心に活動中。2019年には葛飾北斎からインスパイアされた即興ジャズ7曲入りCDーR『印象 / Impression』付きの書籍『バナナ・コーストで何が釣れるか』がDeterio Liberより刊行された。

©de.te.ri.o.ra.tion